4月1日(火)
何事も、不平や理屈を言わずに行いなさい。そうすれば、とがめられるところのない清い者となり、よこしまな曲がった時代の中で、非のうちどころのない神の子として、世にあって星のように輝き、命の言葉をしっかり保つでしょう。
フィリピ2:14~16a
クリスチャンの良いところは、「何事も、不平や理屈を言わない」ことです。この世には不平を言いたくなることはいくらでもあります。また理屈をこねる人も周りを困らせています。今は不確かで気候までおかしく、昔のやり方が通用せずに、新しいことがどんどん世の中を変えています。せっかく習熟した自分の能力も、あっという間に古いものになってしまい、役立たずになる時代です。若者が新しい仕事に就くためのスキルを身につけるために学ぶというのが、今では50代60代の人たちが再研修を受けて技能を身につけるように促されています。若い人には、希望を持たせることがなかなかできない時代でもあります。ですから、誰でも不平や理屈を言いたくなる時代なのです。ところが、神様はそのような時代だからこそ、それを生かして、非のうちどころのない神の子となれるのだというのです。文句を言わないで、理不尽なことにも負けずに、正しく生きることが、自分を清い者へと変えていくのです。そのような人物を世は求めています。誰もが言いたいことを言う時代は、嫌な時代です。目的達成のためなら子供のように嘘も平気でつ気、責められれば、責任転嫁して人を責めるようなものが増えていけば、生きづらい社会になるでしょう。その中で、クリスチャンが黙々と正しい生き方を見せるなら「世にあって星のように輝」くと聖書は教えています。彼らの信仰は「命の言葉をしっかり保つ」のです。
4月2日(水)
彼らの前でおののいてはならない。あなたの神、主、大いなる恐るべき神が、あなたのうちにおられるから。
申命記7:21
クリスチャンが理解したいのは、自分の内に聖霊が宿っておられるということです。自分が何者かを知っているので、私自身に頼れば、すぐに負けてしまうか、逃げ出すことになるでしょう。しかし、人生には決して負けてはならないことがいくつも出てきます。しかも、逃げ出したとなると、一生後悔がついてきます。ですから、仕事でもプライベートでも、私たちは絶えず勝利者になりたいのです。そのために、祈るでしょが、肝心のことを忘れています。それは、今日の御言葉の中で主があなたに語っておられることです。あなたが弱くても、頼りなくても、そんなことは問題ではないのです。あなたの内におられるあなたの神、あなたの主が大いなる恐るべき神であるので、あなたは恐れてはならないのです。それは、「彼らの前でおののいてはならない」との主のご命令です。これほど、心強いことがありましょうか。あなたの神はあなたを負けさせないのです。キリストと共にあなたは勝利者であり続けるのです。
4月3日(木)
みことばに心を留める者は幸いを見つける。
主に拠り頼む者は幸いである。
箴言16:20
誰でも幸福になりたいと願うものです。しかし、現実には忙しくただ慌ただしく生活に追われているのが現代人です。幸福について考えるゆとりもないのです。北欧の人たちが幸福について考え、それを追い求めると聞くと、うらやましく思います。しかし、クリスチャンであるあなたには、もっと確実に幸福になる秘訣が目の前に置かれています。それは、今日の聖句に書かれていることです。「御言葉」つまり聖書を読んでいる人の中でも、その御言葉に心を留める者が幸福になるというのです。義務のように聖書通読をしていると、読み急ぐばかりでなかなか御言葉に心を留めることができません。ですから、やり方が違っているのです。精読に近いものかもしれませんが、考えながら読むのです。一度読んでも何が書いているのかわかりにくい時には、聖書の訳の違うものを読んでみるのも良い方法です。聖書研究会で人の意見や証を聞くのも有益です。また、自分の意見を言ってみるのもとても良い方法なのです。モヤモヤしていたものが言葉にしてみると、頭の中で整理されて、一人で読んでいた時には気づけなかったことが解けて、わかった、と新しい発見をしたような喜びがあります。このような御言葉の発見には、主の真理があるものです。ですから、忘れることなくその命を自分のものにすることができます。こうして、御言葉の導きを得て、人生を主の恵みに満ちたものに変えることができるのです。こうして、聖書によって正しい考えを身につけていけば、生活も良くなって行きます。さらに、主への信頼がいかに大切かを学ぶことになります。そして、主に拠り頼むことを体得するでしょう。そうなれば、その人に思い煩うことはありませんから、幸福な日々がやってくるのです。